2016年10月 4日

個性

個性。
個性を大事にしよう。と良く言われる。
でも、ここに主語はないです。
私は個性は自分の個性を大事にするということではないとおもっています。
相手の個性を大事にする。
それが、個性を大事にするということなのだと。
絵で言うなら、モチーフの個性、そのものの良さを大事にして、認め、引き出すことが大事なのだと思っています。
美術家は本来、自分の個性を押し付けるのではなく、個性を認めて、良さを引き出すものであるべきだと思います。
料理人にたとえると素材本来が持っているものを引き出す料理人。
それが、皆、個性という名のソースやふりかけを振りかけるのです。
それをまた、褒める人も多くいるので、多くの美術家は料理人ではなくソース屋になってしまう。

近代日本画の成果の一つは観察に基づいた、対象の良さを引き出す、花鳥画や静物画にあると私は思っていて、芸大の日本画の試験などで静物着彩が出題されるのも、そんな理由だと思っています。
芸大の試験では受験性の個性など問題にしていないのです。
むしろ、対象を観察し、どれだけそのモチーフの良さを引き出しているのかが大事なのだと思います。
個性など見たくない、どれだけ個性を引き出すことが出来たのかが重要なのです。

これは、私は本質的な話だと思っているのですが、なかなか難しいことですね。だって、人間だもの、、。

私は制作の根本の一つにしています。

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2016年4月27日

作家が「描きたいもの」は大体コピーなの。

”作家には「描きたいもの」と「描けるもの」があるんだよ。そして、作家が「描きたいもの」は大体コピーなの。既製品の何かで、その人がそれまでの人生で憧れてきたものでしかない。”
この部分、私は共感できますね。

リンク先はゲームと漫画についての内容です。
以下は一部を抜粋したものです。
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じゃあ、ビッグヒットを生む最大のコツは何か分かる?

――いや、さすがにちょっと(笑)。

鳥嶋氏:
 簡単。「下手な鉄砲、数打ちゃ当たる」ですよ。
 いかに作家に無駄弾を撃たせて、いかに何度もダメ出しをして、最後には作家に「自分は他人よりなにが優れているか」を悟らせるか、これに尽きるんだね。

 編集の側から「こうすればいい」とサジェスチョンしても、結局は作家の身にならない。作家自身に自分で気づかせる以外にないんです。ということは、編集の仕事は短時間に的確にダメ出しを繰り返すことに尽きるんだよ。まあ、技術論のレベルでの指導もしていくわけだけどね。

――でも、作家自身で自分が本当に「描きたいもの」に気づくのって、ずいぶんと難しくないですか?

鳥嶋氏:
 そこでもう一つの話になるんだね。
 作家には「描きたいもの」と「描けるもの」があるんだよ。そして、作家が「描きたいもの」は大体コピーなの。既製品の何かで、その人がそれまでの人生で憧れてきたものでしかない。

 鳥山明さんであればアメコミっぽい作風だとか、そういうものが「描きたいもの」としてあったけど、そこからヒット作はやっぱり出てこないんです。実際、鳥山さん自身の「描きたいもの」は、申し訳ないけどつまらないんですよ(笑)。
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http://news.denfaminicogamer.jp/projectbook/torishima

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2016年4月20日

簡単に出来上がる作品って無い

簡単に出来上がる作品って無いですね。
難しいと思っていた作品があっさりと出来上がることはありますが、、。
全部、本気で描かないといけません。

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2016年4月17日

何でも描けるようになりたい。

依頼で受けた作品を制作していますが、こういう作品も良い面もありますね。
今まで作ることのなかった作品を作ることになるので、自主的ではないものの広げてくれる気がします。
何でも描けるようになりたい。

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2016年4月16日

何か違うのだけど

以前の自分と今の自分は何か違うのだけど、何かいつのまにか
こんな風になってしまって、それが良いことなのか、悪いことなのかわからない。
以前のようには今は戻れないし、今は今で真剣に取り組むしかないのでしょう。
次の個展までいつのまにか、あと少しになってしまっています。
怠けてばかりいてはいけませんね。

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2015年9月 1日

オリジナル


私の作品にはルールというものを決めてあります。
「自分の身の回りにあるどこにでもあるもの」を描くとか
「写真に写された形をそのまま写す」とか、、まぁ簡単なものです。
そのルールの中でも「自分で写真を撮ったものしか使わない」ことにしているのですが、それは著作権とか色々ややこしい問題になるのは避けたいためです。別に私としては他の人が撮った写真を使っても創作には良いくらいなのですが、面倒なことは嫌なので自分で撮影した写真の形しか使わないことにしています。


一連のオリンピックのロゴの盗用、パクリ疑惑を目にして、やはり、ネットなんかで拾ってこなくて良かった・・と改めて思っております。

オリジナルなんてないし、ほとんど引用で出来ているのが私の作品です。展覧会の際のコメントなどもどこかで誰かが書いたり、聴いたりしたものに共感して書いていますし、作品は今まで観た過去の名品を思い浮かべながら作るのが常です。
同時代に共感できるモチーフや作品などを見かけたときも、むしろ積極的に同じようなものを作るようなこともあります。
それは自分の作品の歴史にして作っておくことが、後々の作品に良い影響を与えることもあると思っているからです。

作品を作るうえで最も価値が高いのはやはり誰も観たことも想像したこともないような「発明」でしょうが、歴史に残るようなそんな「大発明」はそうそう出来ないものです。

「編集」とか「サンプリング」とか「リミックス」とかそういったものでほとんどの創作物は作られていると思いますし、作家はどこか「自分以上」のものを作りたいと思っているところがあって、それは他者の創作物(多くは美術史の名品)を自分の中に取り入れることに行きつくことが多いのではないかと思います。生まれたままの子供のような造形はそれはそれで素晴らしいかもしれませんが、私たちは歴史から美術の教養を学び、自分以外の作品と繋がりながら作るしかなく、完全なオリジナルなんてありえないと思います。

私はゆとり教育の世代ではないですが、「個性」という言葉にはそれでも苦しめられ、その後「個性」なんか創作にはいらないという考えに至り制作していますが、世の中「個性」とか「オリジナリティ」を求めるのは本当に悪だと思っています。

世の中的にはコピペは悪だけど、私としては全然悪ではないと思っています。

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2015年7月31日

超大作が求められる

大きい作品が作れない。
いつも大きい作品を作りたいと思いつつ、でも作れない。
2mくらいまでは良いのですが、それ以上のものが難しいのです。
とにかく認められるためには超大作が求められる傾向にあり、
そのことはどうしても意識してしまうものです。
作品はサイズだけで判断されるものでもないと思いますが、
まぁいつか超大作を作ってやる!という気持ちは持っています。
今回の個展も結局小品ばかりですが、いつか必ず作ります。

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2015年6月26日

コンクール、コンペ、公募展

美術の世界にはコンクール、コンペ、公募展といった審査される場が多くあります。
他にも大学の入試や奨学金の合否、展覧会の選抜など選ばれる、選ばれないという場が非常に多くあります。
どれもが入選、入賞、合格よりも落選、選外、不合格となる人の方が数倍から数十倍多いと思います。

大体の場合、募集の際に広く才能を発掘し、世に羽ばたかせるため、、というような文言が書かれています。
しかし、実際は伸ばすよりも、叩かれ潰される人数の方が圧倒的に多いのです(非常に罪深い・・・)。
とはいえ、多くの人に観てもらえるチャンスでもあるし、良い結果が得られれば、その後の活動に大きな自信と余裕を持てることになるので、チャレンジする価値も大いにあります。

褒められて伸びる人はたくさん居るでしょう。
叩かれて伸びた人というのは私が知る限りほぼ居ないと思います。
叩かれて伸びた、成長したということは無く、それは叩かれてもへこまず、打たれ強くなっただけです。

制作と発表を続ける限り、自尊心が傷つくような出来事は避けられないところもありますが、
わざわざ傷つき、落ち込む場所に行く必要はありません。

自分を最大限に評価し、認め、褒めてくれる、必要とされる場所に行くべきです。
それがどこにあるのかは人それぞれ違うと思いますが、必ず「ある」と言えます。
どんな作家にも良いところはあって、共感を持って観てくれる他者は必ず居るのだろうと思います。

あと、才能は関係ないのです。
なぜそう言えるかというと、才能が無い人に私は出会ったことがないからです。
(不幸だと思うのは、自分にあるものと無いものが分かっていない場合はあります。)
周りはみんな才能ある。だから自分にも何かあるのだろうくらいに私自身は思うことにしています。


ちょっと説教くさい文になりましたが、自分に向けて書いておきました。


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2015年6月 2日

幸福な時間

私の最も幸福な時間を過ごしたのは大学に入る前の予備校に行っていた浪人時代です。
毎日目標に向かって8時間以上只々描いていた日々。
あの時のように生活できれば、どこまでも自分を向上させることが出来るのではないかと思います。
明確な目標があったし、幸せな時間だったのだろうと今さらながら、思います。
あの感じに意識して持っていきたいです。

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2015年5月12日

作り続けるしか

今まで作った作品で良く出来たと思えるような作品はとても少ないです。
ほとんどが駄作と言っていいと思います。
そのことがたまに嫌になってきます。
それでも、作り続けるしかないという結論に最終的に落ち着くので、
これからも駄作だろうが何だろうがやるしかないのです。
よくギャラリーを廻っていても量が作れる作家は質なんか関係なく私は尊敬出来ます。

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