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2013年11月25日

地味な絵

私の作品は明快ではあるものの地味な絵だと自分でも思います。
地味と言うのは最先端ではないということです。
誰も見たことがないような作品ではないです。
現代美術として扱われることもありますが、技法も考え方もオーソドックスなものです。
現代美術として扱われるのは何故かと考えると、それは現代人としてのまなざしを描いているところからでしょう。
正直に素直に描くことで表れていることなのだろうと思います。
美術では最も価値のあるものは歴史を踏まえたうえでの新しい作品でしょう。
私の作品の歴史の中では革新的で新しいことでも、大きな美術の歴史の中ではありふれたことで、何も新しいことではありません。
それでも、この時代に産まれてこの場所に過ごし、私と同じ経験をしてきた人は誰も居ないはずで、私にしか作れない作品というものも存在するはずだとは思っています。

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2013年11月24日

残ったものが

何かをあきらめることで何かを得る。
制作の基本的な考えとして昔からあります。
全てを一つの画面で表現することは出来ないと過去の経験から確信しています。
表面を良く見せようとしてしまう気持ちから、上手くいかない時は余計なものが多分たくさんあります。
何を得たいかは実は分からなくても良いと思っています。
あきらめて捨ててしまって、それでも残ったものが結果として何か表れてきてくれれば作品になるものだと思っています。

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2013年11月20日

言葉が見つかると

作品に言葉が見つかると、自分でもその段階でやっとその作品の意味が分かるのです。
私には絵は理由なく、意味無く描けるものではありません。
何でも描けば良いじゃないか!と言われることもありますが、
それはなかなか難しいことです。
コンセプトが明確ではない時はそんなことで言葉を探します。
見つかれば同じ絵でも違うものになるのだから不思議です。

作り終わってかなり長い時間が経った後に後付けで意味を加えることもあります。
後付けでも良いと思っています。
思わず作ってしまった作品というのも後から考えると自分の制作で別の作品のヒントになることも多いのです。

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2013年11月17日

自分でも良く分からない絵

作品を作っているうちに、あぁこの作品はこういう作品なのかと分かった時は、気分が良いですね。
ゴールを決めて信念を持って作ることも多いですが、それだけでは作品が広がらないので
ある程度の勘を頼りに作り始めて迷いながら制作することもしばしばあります。
自分でも良く分からない絵。
作りながら、または作った後にその意味を考えるようなこともあるのです。
どんな作品を作っても自分の作品の歴史になっていくのです。
何を描こうが自由なのですが、理由も無いのに描けないところもあり、
その理由、概念が見つかったときは作られた作品は何も変わらないのに自信が出てきます。
これで良いのだと思えた時が作品が出来上がるときです。

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2013年11月15日

最初と最後

描き始めると全体のイメージが確認出来るところまで、進めてしまいます。
完成作が100だとすると70くらいの所まで行って、そこで大抵ストップすることになります。
完成させないうちに別の作品。
一応の完成となるのは展覧会の前などの締め切り前になります。
そんなことでアトリエは途中の作品であふれかえることになります。
制作というものは最初と最後が肝心で大事なのだろうと思います。
途中の「作業」とも言える時間が一番制作をしている感じではありますが・・。

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2013年11月12日

表現されてしまっている

一日に24時間の時間がありますが、制作している時間は多分比率として多くはありません。
一日中作り続けられる集中力も持続力も無い。
一日中作り続けることが出来れば、私の作品などはすぐに出来てしまうものばかりでしょう。
描いている時間は「作業」の時間で、描いていない時間、描くまでの時間が大切だと思うことにしましょう。
そんな自分の性質も出来上がった作品には表現されてしまっているように思います。

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2013年11月10日

生来のめんどくさがりなので

出来るだけ簡単に絵を作ること。
私の作品ではそれは悪いことではありません。
他の仕事でも同じではないでしょうか。
出来るだけ効率良く、最短距離、最小時間で出来たほうが良いと思います。
簡単に作ったものよりも、時間をかけて、苦労した方が、汗を流しているように見えるので
評価されやすいのかもしれません。
生来のめんどくさがりなので、正直に生きることにしています。
面倒なことはしたくないのです。

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2013年11月 8日

趣味は

趣味は何ですか?と聞かれることもたまにありますが、
私には趣味はありません。
趣味なんていらないと思っています。
趣味というのは一人で時間を潰せる技術みたいなものでしょうが、
私はいつも時間が足りない。
個展の前などは特にそう思います。

気晴らしみたいな意味でも趣味は制作には必要ないのです。
制作のストレスは制作でしか解消出来ないものなのです。
ONとOFFを切り替えるような生活ではなくて、ずっとON、もしくはずっとOFF。
「エンドレスホリデイ」という作品のシリーズを作っていますが、画家の生活なんてずっと
休日が続くようなものでもあると思っています。
これからもダラダラと続けていきたいと思っています。

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2013年11月 5日

あきらめ

やった!完成だ!傑作が出来た!

というような制作の終わりはまずありません。
完成作が出来た時はどんな気持ちかというと「あきらめ」の気持ちが強い感じでしょうか。
最低限の仕事は出来たかなぁ・・くらいが完成作です。

まぁ作った作品が良いものなのか悪いものなのかなんてことは
自分でもわからないことだろうと思っています。
その時その時に出せるものは全部出す感じで
今後も作り続けるつもりです。

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2013年11月 4日

共同体

他の美術作家の人と話していて、作品のタイプとしては全然違うのに、思考法や悩みどころ、作り方など同じようなところが多かったりすると少し嬉しくなったりしますね。
一人で考えていたことが、正しいのか正しくないのか、分からずにいますが、そういう話を聞けると別の方向に向かっていても、共同体意識も持つことが出来そうに思えます。
芸術の孤独は一人で作っているからではなく、誰にも理解されない中でそれでも作らなければならない孤独。
その孤独な場所は私としてはすすんでは行きたくない場所です。
自分にしかないものを作るのではなく、むしろみんなが誰しも持っているようなものを作りたいと思っています。

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2013年11月 2日

大きさ

120号を2枚繋げた作品を制作。
縦が194cmで横が260cm。
立てかけて見るとやはり大きい。
大きければ大きいほど良い作品というのがあって、アメリカのカラーフィールドペインティングと呼ばれる作品などがそれにあたると思います。
それらの作品と比べると小さいくらいですが、体感出来るサイズではあると思います。
大きさと言うのはそれだけで価値があり、十分衝撃を与えるもので、分かりやすく言うと奈良の大仏は大きいから良いと言うようなことです。
アメリカのギャラリーに行くと良く感じることですが、ギャラリーの空間も大きいし、作品もけた外れに大きくて、内容どうこうよりもその大きさに衝撃を受けます。

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