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2013年10月31日

嫌いではない

水張りしたり、下地のジェッソを塗ったりしてました。
制作以前の作業に体力は使わない方が良いと思っていますが、こういう作業は嫌いではないです。
体だけ動かして、ほとんど無心でいられる状態なので。
何も描かれていない画面に少しでも描き始めると、その途端にストレスがかかってきます。

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2013年10月28日

拘束

私は作品を作る際にルールを決めて作るという方法で作ってきました。
そのルールに従って描いていけば、何を描けば良いか考える必要さえないと思い、
実際よく機能し、それまでの制作の余計なストレスはかなり軽減されました。
ただ、このルール、自分で決めたルールでありながら、
一度確立されると自らが拘束されてしまうものでもあります。
だからルールは最終的に破るもの。というルールを後に自分の中で決めました。
むしろ自分で作ったそのルールを破って、新しく作り直すようなところが目標とも言えます。

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2013年10月27日

一点良い作品が出来れば

私は作品は個展の展覧会全体で評価されるものにしたいと思っています。
1点だけでは伝わらないと思っているからです。
全体の作品で補完しながら見せる方法です。
一方で個展で一点良い作品が出来れば良いとも思っています。
いくつか作る作品の中で、今後の制作にも大きく影響する1点。
必ずそんな作品が出来ると確信を持って制作しています。
その指針となるような1点が出来るまでは少し不安になりますが、
必ずそれは出来るものです。
そういうものが出来ると多少制作のペースも進みますし、
何より自信を持って制作できます。

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2013年10月26日

いくつもの自分

どんな作品でも1日で終わらせるようなことはしません。
出来たと思って、次の日に観たら、全然良くないなんてことはよくあります。
とは言っても出来るだけ早く終わらせることにしています。

昨日の自分と今日の自分と明日の自分は同じだけど、違う。
長い期間にわたって同じ作品に向き合い続けることはとても難しいことで、
私は途中で多分、プッツリ何かが切れてしまうでしょう。
人間としての幅が小さいと思われる自分でも、いくつもの自分がいて、極端にいえば毎日違うようなところがあります。

長期間の制作はその毎日違う自分と変わらずにいる自分が同居しながらのものでしょうから、その継続は大変なものではないだろうかと想像します。

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2013年10月24日

良い世界

美術作品を観ることが、例えば心を豊かにするとか、感受性を育むとか、癒しの効果とか、何か具体的に役に立つもののように扱われるのには違和感があります。

美術作品は社会で直接的には「必要ないもの」と作っている私が思っています。
例えばここに「林檎」と「林檎の絵」があるとして、お腹の空いた人がいれば食べられる「林檎」をあげれば空腹は満たされますが、「林檎の絵」をあげても救うことは出来ません。
不思議なことに人にとって必要な林檎は100円程で買えるのに、林檎の絵は物によっては何十億円もするようなものになったりします
ここに「椅子」があるとして、それは座ることが出来ます。ですが「座れない椅子」にして価値を失わせてしまうようなものにしてしまう。そんな美術作品もあるでしょう。そんなものも椅子よりもずっと高額なものになってしまったりします。普通の感覚だと訳が分からなくなるのも無理はありません。
人にとって必要なものほど安価で、必要では無いものほど高価になるという不思議。

大震災の時とか美術作品を作っている人たちの間でも「私たちに何が出来るだろうか?」というようなことが議論されていましたが、ほとんどの美術家は無力感を感じたと思います。
何も出来ない・・。
芸術は生活にゆとりと安定があって初めて楽しめるものでしょう。

この一見「無駄」と言えるような芸術ですが、そんなことが出来るのは人間だけです。
そのようなものが延々と作られ続けているわけです。
そんな芸術作品を楽しめるような世界というのは良い世界とも言えるのでしょう。

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2013年10月23日

億劫

私の住んでいる山梨県の塩山は東京から車でも電車でも1.5~2時間でそれほど都心から遠いわけではないですが、それでも都心に出るのは億劫です。
地方都市に住んでいても東京まではどこからもそれほど遠くない現代ですが、やはり、時間ではなく物理的な距離が遠いこともあってそれほど頻繁に行けるものではありません。
多くの人に会えずにいることや多くの展覧会に行けていないことは、とてもマイナスなことだろうと思います。
特に東京では良い大規模な展覧会が毎月のように開催されているので、それを見ることが出来る都会に住むメリットは多大です。
制作の締め切りが近付いてくるとどうしても、観ておかなければならなかった大切な展示を見逃してしまうことがあって後悔します。
そんな時はもっと都心に家があればなぁ・・と思ってしまいます。

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2013年10月22日

話題

知り合いの作家などと話す機会がある時、作品や美術全般に関して話すことはが多いのは当然といえば当然ですが、その他には「お金」の話題というのも結構多いです。

生きていくのにはお金が必要で、美術作家も作りたい作品を作るためにもお金をどこかで稼がなくてはならなくて、どうやって作りながら生活していくか?という問題は皆の共通した悩みなので話されることが多いのです。
作るために何か別の仕事をして稼ぐわけですが、働くと当然制作時間も限られてきますし、仕事はどんなものでも大変だから体力的にもきつくなります。
大学、高校、予備校など学校の先生などが比較的多いですが、人それぞれ色々な生活をしていて、そんな話は結構面白いものです。

あとはお金の話ともかかわってくることですが、制作場所の話なども結構多いですね。美術作品を作るにはそれなりのスペースが必要になってきますが、狭い日本では確保するのが結構大変です。アパートで生活とグチャグチャになりながら制作しているものもいれば、他の作家と倉庫みたいなスペースを共同で借りたり、私のように田舎に来ていたり・・。

そんなことで若い作家は悩みと不安は尽きないわけですが、飢え死にしたとか、生活苦で自殺したとか、そんな話は聞いたことはなく、なんとかなるものだなと思っています。
それぞれ何かを犠牲にして制作し続けているようなところはあるのだろうけど、制作することで心身ともに健康な状態の人は私の周りには多いように思えます。

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2013年10月20日

社交場

人に会うことがあると大抵3年ぶりとか5年ぶりとか、そんな頻度になっています。
頻繁に会うことがある人なんて数人でしょうか。
苦手ではあるものの話をすることは大事です。
作品を作っていても、作品だけで伝われば理想としては良いのでしょうが、実は観てくれている人とお話をした方が色々とよいことは経験上わかっています。

作者と鑑賞者に限りませんが作品を見ながら色々と話をしたりしてコミュニケーションし、理解を深めていくようなこともあって、ヨーロッパで社交場として機能しているのも理解できますね。
とは言いつつもいつも私はあまり会場に居ないのでいつも申し訳ないとしか言いようがありません。

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2013年10月18日

体力

やる気があって上手くいっている時はそれが今後も続くと思ってしまって今後の展示予定をどんどん入れてしまいます。気付いたら今後一年はもうこれ以上は本当に無理!!というくらい詰め込んでしまって、本当に出来るのかと冷静に考えたら自分でも不安になってきます。
一番に考えるべきは健康でしょう。体を壊したら色々なところに多大な迷惑をかけてしまいます。
絵というものは基本的に一人で作れるものですが、展覧会は一人で出来るものではなく、色々な人にサポートされて開催出来るものです。
美術は人に絶対に必要なものではないので、せめて人に迷惑をかけずに制作していこうというのが最初からの私の方針です。展覧会は大抵1年以上前に決まりますが、もし何かの病気にでもなってしまったらどうなるのだろうと余計な心配をいつもしてしまいます。
体調が悪いととにかくロクなことがない。
友人の作家も走ったり、筋トレしたり、泳いだり、体力維持をしていて、さすがに私もなにか考えないといけません。
画家の仕事なんてほとんど9割は、体を動かす体力がものをいうものなのだと改めて思います。

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2013年10月16日

想像だけで描くことは全く出来ない

私は想像だけで描くことは全く出来ない画家です。
写生したり、写真を基にしたりしないと何も出来ないと言ってよいです。
もし想像だけで描いて出来上がった作品は素人とそんなに変わりはないと思います。
ものを見て、観察し描く。それが私の制作の基本です。
漫画家やイラストレーターの人で目の前に何もないのにスラスラと描ける様は羨ましく思いますね。

現在の私の制作は主に写真を撮影して、その写された物の形を利用しながら構成されています。
シルエットを切り取り、出来るだけ手を加えずそのまま描くことで余計な自分の癖を入り込ませず、客観的なものにしたいからですが、その写真の写り方の出来不出来が画面に直結してしまうようなところは困りものです。
シルエットの形が重要なのですが、それはスナップ写真のように簡単に撮ったものが多いので微妙なゆがみが多くて、絵にするのを難しくしてしまうことがしばしばあります。

その解決方法が分からず、撮ってから作りたいのに実現に数年も要してしまうような始末です。
いつも写真の形をそのまま写し取るという作り方を簡単に作っているかのことを言ってしまっています。
が、絵にする変換作業は結構、実は苦労している部分です。

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2013年10月14日

例のごとく

例のごとく途中段階の作品がアトリエに並んでいて、それは上手くいっていないから現在もそこにあるわけで、そんな作品ばかり見ているのは健康にも良くないのではないかとすら思えます。
ただそこに置いて見ている段階では考えているようでいて、何も考えていないようなところがあって、真剣に一枚、一枚考える段階になってやっと光明が見えてくるものです。
描き始めた作品はそう簡単には捨てられない。
絵はどう転んでも作品になりえるはずと思っているので、それがなんなのか?ということをスイッチをオンにして真剣に見なければなりません。
それでも剥がしてしまうものもあることはあるけれど、作品に至らなかったものも別の作品にどこか生きているようなところもあると思います。
作品と作品はそれぞれどこかで繋がっているものなので。

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2013年10月12日

テーマ

テーマとは行動や創作などの基調となる考え。主題。また、論文の題目、楽曲の主旋律など。と意味を調べると書いてあります。
作品のテーマは何ですか?と聞かれる機会は多いのにいつもドギマギのチグハグ。
一応考えてはあるものの、思ったよりも伝わりません。
制作しながら考えて、その制作途中に揺らぎがあるからカチッとした言葉で伝えられないのだろうと思います。
キーワードみたいなものはあって探っていく感じですが、上手く答えられないのは誤解の元にもなりかねないので、次の個展までの制作ではそのあたりもよく意識したいと思います。

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2013年10月10日

装丁画

森博嗣「喜嶋先生の静かな世界」。講談社文庫。カバーデザインは鈴木成一デザイン室。
小説の装丁画は年に一度くらい使って頂いています。
この作品は2008年に描いたもので、色々なところで展示しましたし、メディアに載ったことも多い作品ですね。
(ちなみにこの絵の取材場所はセブンイレブンの裏の従業員の出入りするところです)

小説の内容は、まだ読んでおりませんが、
「学問の深遠さ、研究の純粋さ、大学の意義を語る自伝的小説」と紹介されています。

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2013年10月 8日

描ける時には

個展の開催はちょっとしたリセットになります。
以前はふと気付くと一カ月くらい絵を描かずにいたこともありましたが、
最近はそういうわけにもいきません。
あまり長い空白期間は何も生まないし、継続して次の作品に取りかかること。
きっとそのうち長い期間描けなくなるような日もくるのだろうけど、
描ける時には描いておかないと。

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2013年10月 4日

制作する作品につながる

自信が無いというわけではないですが、いつも個展は100点満点というわけにもいかないです。
私としては次に制作する作品につながるヒントが得られるものがあればよしとする感じです。
完璧にこだわりぬいたものにしたいと思ったならば、永遠に個展を開催することは出来ないでしょう。

でも今回、現在作るべき作品は最低限作れたと思います。

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2013年10月 2日

鑑賞者として眺めたときに

今回の個展の準備期間は二か月ちょっとで少ない時間ではあったものの
20点弱の作品は作れました。
20点弱しか作れなかったとも言えます。
アトリエには途中段階で止まった作品が何点もあって、それらの作品は問題が解決せずに片隅に置かれたままです。
アイデアと小下図だけ作った状態で制作までいかなかった作品も大量。

なにはともあれ個展というのは区切りをつけてくれます。
制作は延々と続きますが、年に数回ある個展が制作から離れさせてくれます。
会場に行けば一人の鑑賞者として眺めるようなところもあって、その時に感じたことを持ちかえって新たな制作をすることになります。
鑑賞者として眺めたときに、今回作った作品がどうだったのかある程度わかります。

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2013年10月 1日

スローライフ

スローライフという言葉がありますが、私の生活はまさにスローライフ。
スローライフをしたくてしているわけでは無くて、私は全てがのろまなだけですが。
作品の点数が結構多い方なので、描くのが速いと思われがちですが、全然速くなく、むしろかなり遅い方だと思います。
話したことがある人は分かると思いますが、しゃべるのも遅いし、会話での間も長いと思われます。
話すのがゆっくりな人にありがちらしいですが、食べるのもかなりゆっくり食べます。

絵画というメディアの良いところは、そんな一般的にはマイナスになるところも気にせずにマイペースに出来るところがあります。
多分、他に仕事はしたことないので想像ですが、もしも違う何かの仕事をしていたら、何の仕事をしても上司からはのみ込みの悪い、使えない部下になるのだろうと思います。

私は画家になると最初から決めていました。
しかし、画家以外には何も出来なかったとも言えます。

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